久しぶりに原田マハさんの小説を読みました。『奇跡の人』です。
しばらく原田マハさんの本を手に取っていなかったので、何か読みたいなと思い、なんとなく選んだこの本。表紙から、何か芸術に関する物語なのかなと軽い気持ちで読み始めたのですが、なんとも心が温かくなる物語でした。
主人公の安を応援せずにいられない、そして、「三重苦の娘」としてハンディキャップを背負って生きている少女れんに、寄り添いたいと思わずにはいられませんでした。

あの有名なヘレン・ケラーとサリバン先生のお話、に加えてオリジナル要素も入っている。
こんな物語を生み出せる原田マハさん、すごすぎます。
あらすじ
時は明治。アメリカ留学帰りの去場安(さりば あん)は、伊藤博文の紹介で盲目の少女 介良れん(けら れん)の教育係として、青森県弘前の名家を訪れます。
見えない、聞こえない、話せない「三重苦の娘」として、屋敷では「けものの子」と言われ、暗い蔵に閉じ込められ暮らしていたれん。身内にも使用人も疎まれていたれんですが、安はれんに出会った瞬間、光を感じ、不可能を可能にできる子だと確信します。
けもののように暴れ、騒ぎ、泣き、どうにも手を付けられない状態のれんに、イエスとノー、動作の合図、手話、言葉などを教えながら、人としての大きな可能性を開花させようと奮闘します。
ある日、れんは同年代の少女と出会います。れんと同じく盲目ですが、耳は聞こえて、話すこともできます。この出会いがきっかけとなり、れんは言葉を益々覚えます。そして、時代を経て、ある奇跡を起こします。
感想
まず感動したのは、安のれんを真っ直ぐに信じ切る気持ち。信念の強さ。
れんの家族や使用人に邪魔者扱いされようが、どうにも授業が上手くいかずに悩んでいようが、とにかくれんの可能性を信じ続け、どうにかそれを開花させようと奮闘していました。
アメリカ育ちだからなのか、もともとの性格なのか。実の子でも、ここまで信じてあげられるかなと、わたしは自信がありません。しかも、目が見えない・耳が聞こえない・話せないの三重苦でハンディキャップを背負っている子ども。教師としての責任があり、どんなに困難に直面しようとも最後まで可能性をあきらめない安。
そんな姿を見て、私は自分の子どもに対して、ここまで信じてあげられるかなあ。真っ直ぐ向き合っているかなあ。と自問しましたが、自信がありません。反省しました。
安の真っ直ぐな想いを読み進めていくと、どこか自分自身の子どもに対して、ここまで想ってあげられていないような気がして、少し罪悪感を抱くような感覚もあり、心がちくちくしました。安はきょうしという立場ですが、親として、大人として、子どもの可能性を信じて、子どもの未来を想って、常々行動しなければいけない、と再認識しました。
また、本作では、ヘレン・ケラーとサリバン先生の話を、日本の明治時代に落とし込んで作られたお話ですが、オリジナル要素も含まれていました。それは、れんが出会う同年代の少女キワの存在です。
キワは、れんが両親と離れて別邸で暮らす中で出会う盲目の少女です。れんと同年代のキワは、れんの言葉の習得スピードを高めてくれるだけでなく、初めての「友達」という大切な存在になってくれます。
実話を日本の明治時代に落とし込んで、しかも、オリジナル要素を入れてまとめ上げてしまう。しかも、れんの成長に欠かせない人物として配置して、時代を超えて感動を起こす。原田マハさんの物語を、何というか、、、着地させる能力がすごいなと思ってしまいました。自分に語彙力がないのが悔やまれる。
こんな人におすすめ
安の真っ直ぐな信念に憧れを持ち、れんが着々と成長していく姿から目が離せませんでした。
何かに頑張っている人の心を震わせるようなそんな一冊でした。
・何かに一生懸命頑張って取り組んでいる人(特に女性)
・育児に奮闘中の人
・真面目にひたむきに働いている人

